2009年05月08日

将軍に何かと縁のある箱根温泉

箱根温泉が知られるようになったのは、豊臣秀吉の小田原征伐がきっかけである。広大な小田原城を攻めるため全国の武士を集め長期滞陣したが、その無聊を慰めるため温泉に入ったといわれている。



江戸時代は五街道の一つ東海道に沿った温泉として繁栄、「箱根七湯」として知られた。この頃の箱根七湯は、湯本、塔之沢、堂ヶ島、宮ノ下、底倉、木賀、芦之湯。

足
開湯は古いが街道から大きく外れていた姥子の湯を入れて、「箱根八湯」と呼ぶ場合もあった。徳川家光、徳川綱吉の時代には、将軍への献上湯も度々行われている。なお、江戸時代の温泉番付では芦之湯温泉が前頭上位となっている。


太平洋戦争終戦後まもなく小田急電鉄が箱根湯本駅まで乗り入れ、非常に便利になった。直通運転開始後、西武鉄道グループと小田急グループの箱根山戦争の舞台となり、結果多くの観光客が訪れるようになる。


新たな温泉の開発も進み、歴史ある上記の八湯に加え、明治以降に開かれた大平台、小涌谷、二ノ平、強羅、宮城野、仙石原、湯ノ花沢、芦ノ湖、蛸川の9つの温泉を合わせて「箱根十七湯」と称している。さらに早雲山、大涌谷、湖尻の3か所を加えて「箱根二十湯」と呼ぶこともある。


これだけ温泉の

場所が揃って、将軍にも

利用された箱根温泉というのは

歴史ロマンがありますね。


その余韻を感じつつ

旅に出かけるというのも

良いかもしれません。
【関連する記事】
posted by れきひと at 23:33| Comment(3) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
集客、ノウハウ、サポート全てが整っているから安心して稼げます。
Posted by ノーリスクで在宅ビジネス出来るって?! at 2009年05月18日 22:58
本姓は源氏。家系は清和源氏の一家系河内源氏の傍系・
甲斐源氏の嫡流にあたる甲斐武田家第19代当主。

Posted by 武田 信玄、甲斐の守護大名・戦国大名 at 2009年06月03日 23:26
http://typingrakuni.seesaa.net/article/119817333.html

、米グーグルの独占状態に対抗したい考えだ。

「グーグル後」の検索新時代は到来するか at
Posted by 検索の高速化、高度化、パーソナル化を図り at 2012年05月16日 23:42
コメントを書く
お名前:

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。



xva近現代史・幕藩体制から国際協調へ〜世界の中の日本
xvb記事ケンサク
xvc無料SEO対策ツール
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。